18歳で札幌から家出同然、
東京に出てきた、田舎のただのロック小僧のぼく。
何を血迷ったか
その目的は、クラシックギター修行。
そして、プロのギタリストになるという
野望を胸に。
しかし、音楽専門学校を出ても、もちろん
音楽の仕事なんてすぐに、
あるわけもなく・・・。
それでまあ、これまで
いろんなバイトをしてきました。😅
新聞配達、集金人、セールス、居酒屋店員、
引っ越し屋、警備員、ごみ収集、清掃員、
トラックドライバー、・・・etc。
生きていくために、ありとあらゆることを
してきましたね。
(トラックドライバー時代は、
中央高速道路で追突事故を起こして
2トン車を1台廃車にしたこともある)
トラック運転手のバイトをしながらも
音楽に必死に、しがみついて
レッスンを受けながら、勉強と練習の日々。
その頃めっちゃ、クラシックギターの
コンクールも受けていましたが
たいした成果も出せず、
光の見えない長〜いトンネルの中を
彷徨い続けていた時代でもありました。
18歳で家を出てから
親の援助もなかったので
経済状況はとても苦しかった。
毎月、バイトの次の給料日間近ともなれば
困ることは容易に想像できたけど、
それでも音楽的自己投資だけは
絶対に、やめなかった。
バイトの給料が出たら米を買う前に、
まず真っ先に
弾きたかった曲の楽譜や音楽理論書を
買う!という自己投資を。
(それで月末はしばらくパンのミミを
かじり続ける羽目に・・・😂)
そんなこんなで
当時のギターの師匠に、なんとか
初めて仕事をふってもらえたのが
20代前半。
それは、音楽教室のギター講師という仕事。
正直、嬉しかったですよ。
大好きなギター教えて
お金がもらえるんですから!
でも当然、最初は生徒さんは1人から。
いきなり、夢の本業で食えるように
なるなんて、そんな甘いことはない。
様々なアルバイトを掛け持ちしながら、
勉強を続け、生徒さんを地道に、
増やしていくしかありません。
突然、生徒さんがたくさん
やってくるなんてことは
ありえませんからね。
とにかく、コツコツです。
当時の生徒さんには申し訳ないけれど
その頃は、自分の教育システムも
暗中模索状態。
現場で起こったこと(質問等に)に
冷や汗かきながら
慌てて勉強して自分なりの最適解を
生徒さんに伝えていたような場面も
少なくなかった・・・。

・・・独立して久しいですが。
多くの人に助けられ、
おかげさまで、ぼくのギタースクールも
生徒さんがたくさん通ってくれる
八王子の小さなギタースクールと
成長してこれました。
自分の中でも教育システムは常に
オリジナリティを追求しながら
ブラッシュアップして
冷や汗をかくことも少なくなりました。
(時々、かくけどね😁)
今年も、スクール主催の演奏会が
大小含めいくつかあります。
(サロンコンサート、エレクトリックライブ、
秋のギター演奏会)
ありがたいことに
参加希望の生徒さんも増え、
去年のホール演奏会も、
ホール退出時間がホール利用期限の
ギリギリとなってしまいました。
(後片付けは生徒さんたち一丸となって
怒涛の協力体制で間に合いました)
ありがとうございます!!
今年も柴田スクールでは楽しいイベントを
たくさん企画、遂行していきます。
出演の方は、
はやめに参加表明してくださいね。
音楽(ギター)を人生の伴侶とし、
楽しむならどんどん、
ステージに立つべきです!
ステージに立ったら今まで
見え(聴こえ)なかったものが
いろいろ見え(聴こえ)てきますよ😃









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